華やかな街のショーウィンドーに映る己の老いた姿形を見るにつけ、重ねてきた年月に寂寥感さえ感じてしまう自分がまさにそこに居た。
五十路も後半に差し掛かり、最近は何故だか若かりし日々の切ない想い出に耽り考え込む事も多くなってきた様にも思う・・・・
五年前に癌で女房を亡くしてからは、ずっと侘しい独り暮らしを続けている。
幸いにも親が残してくれたまとまった額の遺産と、亡き妻が老後の為にと蓄財してくれたもので生活には困っていなかった。
長年勤め上げた会社も自主退社していた。
今日も何とは無しにフラっと一人街に出掛けてみた。
晩秋の街路樹さえも私に至っては儚げで物憂いな気持ちにさせられてしまう・・・・・
足下を秋風の悪戯で枯葉がひらひらと舞っていく。
これと言って欲しい物など無かった――――
華やかな街の喧騒に紛れたら、何かが変わる・・・・そんな予感めいたものが私の足を街中へと導いたのかもしれない。
何の目的も無く、ただただ街を彷徨うのも今の私には必要な気もした。
街行く人々は皆幸福そうに見えるから不思議だ。
まるで自分だけが孤独と言う闇黒に貶められてしまったかの様な錯覚に陥る。
連れ合いがいなくなってからのこの五年間に付き合いをした女性もいたが、誰とて私の心を切なく震わせてくれる者などいなかった・・・・・
亡き妻、奈美の幻影に捉われ、棘の鎖で心をしっかり繋がれているのかもしれない。
それほど彼女の存在は私にとっては大きく、また女性としての魅力に溢れていた。
*
私からの一方的な一目惚れであった。
彼女とは同じ大学で、同じゼミを取っていた。
鴉の濡れ羽色の長い髪に、垂れ目気味の愛くるしい瞳に陶器の様な白き肌の外見から‘魅惑的な美少女‘・・・そんな言葉がピタリと嵌る様で誰よりも輝いていた。
男子学生からはマドンナ的存在で、私などは多分相手にされないだろうと自分の殻に彼女への熱き想いを閉じ込めていた・・・・・
ふとしたきっかけで時々話すようになり、絵画鑑賞が同趣味と言う事もあって徐々に二人の距離は縮まっていった様に思う。
玉砕覚悟で交際を申し込んで、彼女からオーケーを貰った時は思わずその場で嬌声を上げ、飛び上がってしまった程であった。
人口急増や学園紛争・・・・やれ競争社会だの優劣格差だの叫ばれてきた団塊世代の自分にとっては、憧れのマドンナと付き合う事が出来る・・・・その事が灰色に思えた己の人生に眩いばかりの光を放ってくれたのである。
長い交際期間の後、夫婦となった私達は子宝こそ恵まれなかったが、共通の趣味であった美術館などへの絵画鑑賞デートや全国の温泉への旅行など、多少の喧嘩などはあったものの仲睦まじく暮らしていた。
そんな中での突然の彼女の病発覚に、私は我を見失うほどに狼狽し、うろたえ、逆に芯の強い彼女に励まされたりしたものだった・・・・
彼女の若くしての逝去は、私の魂そのものを遙か彼方に連れ去られた様な虚無感に苛まれ続けた日々であった。
私は油絵を習い、生前の彼女の愛しき姿を留めておくべき筆に魂を注いで描きあげた。
今でも彼女の絵は私の大切な、何物にも換え難い宝物である。
*
そんな今は亡き妻への未だ募る想いや過去への回想などをしながら地面を見つめ歩いていた。
ふと気づかぬ内に、ある見知らぬ路地に目を自然に奪われていた。
何故その何の変哲も無い路地に足が止まったのかは未だに謎のままであるが・・・・
狭い一本道の両側には何軒か店があったようだが、何故か人通りは皆無であった。
店自体も営業をしている様には見えなかった。
華やかな表通りに比べ、そこだけが異空間のような・・・・しかし不快感は無く、寧ろ懐かしいような、そんなメランコリックな郷愁に誘(いざな)われていた。
(この路地は一体どこまで続いてるんだろう・・・・)
そう心の中で呟きながらも私はある一軒の不思議な雰囲気を醸し出す店先で歩みが止まり、何故か店内に吸い込まれる様に足を踏み入れていった・・・・
そこはアンティークショップの様で、レトロな家具や食器類に混じって何体か洋人形なども売られていた。
ふとあるガラスケースに入れられた女性の姿形をしたドールに思わず息を呑んだ。
まるで春の転寝でもしているかの様に、彼女は腰掛に座り瞼を閉じていた。
そっと耳を澄ませば微かな寝息が今にも聴こえてきそうであった・・・・・・
ドールと呼ぶには相応しくない等身大に近いその人形はまさに亡き妻にどこか面影が酷似しており、まるで生きているかの如く艶かしくて、美しい貌をしていた――――
淡雪の如く白く透き通る肌に、長い睫毛が愛らしく、背中まで伸びた漆黒の長き髪が人形をより人間に近づけているかの様に見えた。差された薄紅が何とも艶っぽかった。
瞼は閉じられていたが、それでも彼女の美しさは神々しいまでに魅力に満ちていた。
私は一瞬で彼女に魅入られ、別れ難い感情に全身を支配されていた・・・・・
「すいませーーん・・・・誰かいらっしゃいませんか?」
私の呼びかけに店の奥から年配の女性が、顔面に埋まってしまったかの様な深い皺を刻ませて、のそのそと姿を現した。
「はいね・・・・いらっしゃいましぃ・・・・」 商売っ気の無さそうな暢気な返事を返してきた。
「あのぅ・・・・このガラスケースの中の人形を頂きたいんですが・・・」
多分この時の私は、喜悦と期待感に満ち満ちた表情をしていたかと思う。
「ほうぅ・・・・お客さん、この人形をご所望で?実はこれは売り物じゃぁ無いんじゃが・・・・」
「え?そ・・・そんな・・・でもこうして店先に陳列されてるじゃあないですか? どうしてもこの人形が欲しいんです!どうかお願いします!金なら幾らでも払いますから・・・」
私は老女からの意に反した申し出にうろたえ、我を忘れていたのかもしれない。
私の言動は最早恫喝に近いものがあったであろう・・・・
「そんなにこの人形がおきに召したのかい・・・あんたは中々お目が高いお方じゃ。そうじゃな、わしはこれをいたく可愛がっておっての、娘同然に想っておったんじゃが・・・あんたがそこまで切望するんであれば、譲ってやってもいいがの。」
「あ・・・・ありがとうございます!心から大事にしますので!」
私はまとまった額の手付金を置いていき、後日指定された口座への振込みを早々に済ませ、今か今かと人形が配達されるのをジリジリした気持ちで待っていた。
そして、これ以上待てば精神に異常をきたすんではないかと思ったその日にやっと待ち焦がれた人形が届いた。
配達伝票にハンコを押す私の指が嬉しさの余りに震えていたのを、宅配人は変に思わなかったか・・・・・
丁寧に梱包を解きながら私の胸の鼓動は急速に高鳴り、喉が異常に渇いて思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
慎重且つ丁寧に人形を箱から取り出し、ワインレッドの革張りソファーにそっと座らせてみた。
「ようこそ、我が家へ!ミーナ♪ 今日から君は私の可愛い恋人として共に暮らし、寝食を共にし、色んな所に一緒に旅に出たり・・・・悲しみも喜びも分かち合って生きて行こうね・・・・」
ミーナ・・・・亡き妻、奈美を逆から取って、この愛称にしてみた。中々自分でも冴えた発想だったなと自己満足に浸ったりして・・・・・
ゆったりしたソファーに静かに座している彼女を私は舐める様な視線でじっくりと見つめてみた。
墨汁の如く黒色に長く伸びた髪が彼女の白面にハラリとかかり、薄紅色の洋装からチラリと覗いている両脚の脹脛はどこまでも白く、白いレースが施された半袖のパフスリーブから伸びるほっそりとしなやかな白き両腕が生々しく女の色香を醸し出していた――――
今私の目前にいる人間の女性の形をした人形は・・・・まさしく生きているかの様に今にもその可憐な口唇から言葉を紡ぎ出すかに思え、私は思わず身震いした。
喜悦の為か、くっく・・・・と抑えた笑いが口元から漏れ出した。
「ミーナ!君は何て純粋可憐で、そんなにも美しいのだ・・・・まるで奈美がこの世に降臨したかと見間違うくらいだよ・・・・生き写しそのものだっ。逢いたかったよ・・・・ずっとずっと私の中で君は生き続けてきたんだ!もう何処にも行かないでくれ・・・・独りぼっちはもう嫌なんだ・・・・」
私はそう呟きながら、そっと震える右手で彼女の白き頬に触れてみた。
触れた掌から彼女のあたたかな体温が感じられた・・・・ような錯覚に眩暈を覚えた。
それほど、彼女の貌はリアル感を伴って私の感覚を麻痺させ、痺れさせていった。
閉じられた瞼を無理やりにでも開けたい衝動に駆られたが、それは叶わぬ夢と自身に言い聞かせた。
リビングに大切に飾ってあった奈美の似顔絵をミーナに見せてみた。
「ミーナ・・・ほら、君に瓜二つだろう?ミーナは奈美の生まれ変わりかもしれないね・・・」
「・・・ええ、ほんとに私にそっくりで・・・私もあなたに出逢う為にあそこにずっと飾られてた様な気がするわ。」
そんな風に、ミーナが話しかけてくれたようで、私は思わず彼女の愛らしい口元を凝視した。
桜色の口唇は静かに閉じられたままで、微動だにしていなかった。
その日から私たちは常に行動を共にした。買い物に出掛ける時も、彼女を助手席に乗せ私たちは心での会話を楽しみながら道中のドライブを満喫した。
私は彼女の為に着替えの衣装やランジェリーなども恥ずかしげも無く、ウキウキとした気分で買い揃えていった。
女性物を扱う店での他の女性客などの冷たい視線にも動じる事無くショッピングを楽しんだ。
彼女の白い肢体にはどんな色合いの衣装もとても優美に似合っていた。
私は毎日、ミーナとの心弾む会話を楽しんだ。そのうちに彼女の無表情の白面の口元が微かに笑みを湛えている様に見えた。・・・・・いや、実際には何の変化など無かったのだろうが、日々生活を共にする事によってその様な幻影に惑わされる様になっていったのかもしれない・・・・・
*
ある夏、私はミーナを伴って奈美との想い出の地である芦ノ湖畔に建つ洋館のホテルへとやって来た。
異人館の様な建築美は実に見事で、ホテル前に設えられた湖畔まで続く様式の庭園も華やかで緑の絨毯の様な芝庭も目の保養として十分満足いくものであった。
通された部屋には、夏の陽射しを受けて波光煌く湖面を望めるバルコニーがあって、のんびり読書でも楽しめる様な真っ白なデッキチェアーがさりげなく置かれていた。
「ほら!ミーナ・・・見てごらん?蒼い湖面が陽を受けて、キラキラ反射してとっても綺麗だよ。ミーナの美には遠く及ばないけどね!」
私はそう声かけしながら、ミーナをデッキチェアーに座らせ自分もすぐ隣のチェアーで瞼を閉じ、転寝を始めた。
どのくらいの時間が経ったのか・・・・目を覚ました私は暮れ行く黄昏をまどろむ意識の中で認識していた。
一時間近く寝入ってしまった様で、徐に立ち上がり「うーーん・・・」と背伸びをして体を目覚めさせようとした。
夕餉のフレンチはホテル側に無理を聞いてもらい、ルームサービスと言う形で運んでもらい、ミーナと二人っ切りで誰にも邪魔されずに美味に酔いしれる事ができた。
ハーフボトルの赤ワインの心地よい酔いに眠気を誘われ、私はニーナをキングサイズの広いベッドに丁寧に寝かせ、私も寄り添うように深い眠りについた・・・・・
*
どれくらいの時間が経ったのか――――
不意に目が覚め、朧気な意識の中で私はあるはずの無い人の気配を、薄暗い室内に感じ取っていた。
次第に感覚がはっきりとしていき、私は室内に設えてある真っ白な革張りのソファーの上で、女性が何やら体をクネらせながら切なく喘ぐ姿を驚愕の眼差しで
ジッと見つめていた・・・・
「ミ・・・ミーナ!!―――なんでっ・・・お前は人形のはずじゃぁ・・・??」
私の目に飛び込んで来たのはまさに‘妖艶な人間の女性の裸体‘・・・そのものだった。
ミーナは自らの白く華奢な指先で熱い愛液に濡れそぼった花弁を弄んでいた。
片方の指先で豊満な乳房を激しく揉みしだきながら・・・・
時折、指の腹で勃起して赤く充血した可憐な乳首を擦る姿はまさに、エロティックで彼女が‘人形‘である事すら忘れ去ってしまう程であった。
「あぁ・・・あなたっ・・・ミーナをもっといやらしい目で見てっ!視姦されたいのっ・・・愛するあなたにミーナのこの淫らな姿で、一杯一杯感じて欲しいのっ!」
最早、彼女が例え人形であろうと、生身の人間だろうと、そんな事はどうでも良かった―――
ただただ・・・・私は異常とも思えるくらいに興奮し、昂ぶっていた。
無意識のうちに右手で自らの熱を帯び、硬さを増大させたペニスを扱き始めていたのである。
小さな呻き声が自然に口元から漏れていた・・・
「 ミ・・・ミーナッ、 もっとお前のいやらしく淫らな姿を見せてくれっ!もっともっと感じたいんだぁ・・・お前の喘ぎ
をお前の痴態をしっかりとこの眼に焼き付けておきたいんだっ!はぁっはっうぅぅ・・・」
私はカーペットの上に、ペニスの先端から滴り落ちる透明な悦液などお構いなしに脈打つペニスを擦り続け、半ば放心状態で欲の塊と化していた・・・・
そんな私の乱れた痴態をミーナは潤んだ瞳で見つめながら、益々自慰に耽っていき愛らしい桜色の口唇から
朱色の艶かしい舌先を覗かせ、白き背を仰け反らせて官能に満ちた喘ぎを奏でていた―――
ミーナは四つん這いになって形の良いお尻を私に見せ付けるかの様に突き出した格好で、秘肉を指先で
バイブさせながらヌチャヌチャと淫靡な音色を響かせていた。
真珠の様な淫核はぽってりとして大きくなり、卑猥そのもので思わずむしゃぶりつきたくなる程であった・・・
「あうっ・・・あ・な・たっーーおねがいっ!あなたの逞しい肉棒が欲しいのっ・・・ミーナのお口に下さい!むっふん・・・」
私は堪らず、勃起して熱くなったペニスをミーナの咥内にズブズブと挿し込んだ―――
「むぐぅぅーーっ・・・んん・・・」
咽ぶミーナをお構いなしに口淫して穢してゆく・・・・
彼女の咥内は暖かく湿り気を帯びて、私は喜悦しながら押し寄せる快感にただ身を任せ彼女の恍惚の表情を
楽しみ興奮していた。
「ミーナ・・・もっとしゃぶって気持ち良くしてくれっ・・・あぁぁ・・・いいよっ、ミーナ・・・その潤んだ瞳が何とも言えず
セクシーだぁ・・・もっと舌を使って!・・・そうだっ・・いいぞっ。うぅぅ・・・たまらんなぁ・・・」
心臓の鼓動が激しさを増していき、その時が徐々に近づいている事を私は感覚的に感じていた・・・
彼女の頭に手を添えながら、ズンズンっと激しく腰を打ち付けてゆく。
「はっ・・・はぁっ・・・ううっっ・・・もう我慢できないっ!ミーナぁ・・・出すぞっ!俺のザーメン全部飲み干してくれっ!
んん・・・はうぅーーー出るぞっ・・・イクイクーーーあぁぁぁ」
私はドクドクと白濁した精液を彼女の咥内に吐き出した・・・
彼女はそれを美味しそうに喉を鳴らしながら、一滴残さず飲み干していった―――
その後も私は何度もミーナを抱き、意識が混濁する程に力尽き果てていった・・・・
*
私は今、伊豆半島の海辺に建つサナトリウムで生活している。
そう・・・・私はあの時、‘死ななかった‘のだ。そして、あの不思議な出来事が自身の夢想だったのか否か・・・
それすらも今の私には判別がつかなくなっていた。
愛しい妻奈美も、白面のミーナも私の傍らには今、誰とて居なかった――――
そして、今私が居る施設は高い塀に囲まれている。
瑠璃色の空の下・・・・(いつかまたあの路地裏の骨董屋を訪れてみようか・・・・)
車椅子を押されながら、ぼんやりとそんな妄想に浸っている。
by nanase suzuka <了>