桜が咲いた日だった。
今年は開花時期が例年より遅れるだろうというテレビの情報で,合格発表を見に来たとき,まだ枝はふくらんだつぼみすらつけていないのをため息混じりに眺めた記憶がある。そして貼り出された数字の羅列する巨大な紙を見上げ,周りで歓喜の声があがるのを聞いていた。
無機質な記号の連続から,ただ私にとってのみ意味を持つひと続きの数字を探してゆく。左手にもった細長い紙切れに印字されたものとひとつずつ照合する。けれども,その視界を冷たい風をまとった強烈な光線が侵していった。目の奥に強い痛みを感じて目を伏せようとした。私の世界は回り始め,次第に色を失い,やがて明暗すらも映さなくなった。
気がついたとき,頭はまだぼんやりとして,ズキンという痛みを時々訴えていた。そこには白銀の中で一人座っている制服姿の少女がいた。行儀良く膝をそろえ,その上に手も添えている。足下は茶色のスリッパだった。
「あ,よかった,気がついた」
見覚えのない子で,色素の薄い髪にはゆるいウェーブがかかっている。
「ここね,大学の保健センター。あなた倒れて,近くの学生さんに声かけたらここがあるからって教えてもらったの」
私の荷物は彼女の側の床の上に置かれていた。
「ああ・・・・・おかしいな,私,めまいしても絶対貧血とか起こしたことなかったのに」
「受験だったんでしょ? きっとその疲れが出たんじゃないかしら」
だるい身体を起こして手ぐしで髪を大雑把にととのえる。そこに,彼女が紙切れを差し出した。
「これ,あなたのそばに落ちていたの。写真があなたのだから,番号もあなたのよね」
そして私をの目を見て微笑んだ。
「合格おめでとう。勝手にだけど,見ちゃった。私の番号のとなりにあったの」
入学式の日。大学に制服なんてないから何を着ていけばいいのかと母親に訊いたら,濃いグレーのパンツスーツを新調してくれた。
大学の正門から本館へのメインストリートはピンクの小さな花をこれでもかとつけた桜並木だった。「今年は入学式に間に合わないんじゃないかって言われてたけど,この一週間の陽気で一気に咲いたわねぇ」と母親も玄関で嬉しそうに見送ってくれた。キャンパス内の道にそって,様々なサークルがテーブルを出し,勧誘のチラシを配っている。ひとつもらえばこれもこれもと,次々と押しつけてきた。同じように歩く新入生やその保護者の波にのりながら講堂の入り口で資料をもらい,適当に席に座って式次第を眺めた。